丸谷才一『女性対男性(文春文庫)』文藝春秋 1976年2月刊

昔読んだ本。

丸谷才一『女性対男性(文春文庫)』文藝春秋 1976年2月刊。

https://bookmeter.com/books/86375

https://www.amazon.co.jp/dp/4167138026

単行本 『女性対男性 会話のおしゃれ読本』文藝春秋 1970年3月刊。

https://www.amazon.co.jp/dp/B000J9925Q

著者の最初のエッセイ集。

週刊女性』1965年11月24日号〜1970年3月7日号に連載。

丸谷才一さんの訃報(2012年10月13日)を知って、三十数年ぶりに手に取ってみたら、内容は全然憶えていなかった。まえがきは戸川昌子。あとがきは野坂昭如[追記 2015年12月9日死去。享年八十五]。お二人とも、ご存命ですけど、著者は亡くなられてしまいました。丸谷才一(1925年8月27日生まれ)の方が、お二人より5〜8歳年上でしたが。(2012.10.21記)

1965年國學院大學助教授を退職、1968年『年の残り』で芥川賞を受賞しても、物書き専業は定収入がなく、1972年の『たった一人の反乱』がベストセラーになり、TVドラマ化などで知名度が上るまでは、生活は苦しく、『週刊女性』の稿料が有難かったと、生島治郎との対談、

「ロマンの心を呼び戻せ」

『眠れる意識を狙撃せよ 生島治郎の誘導訊問』双葉社 1974.11

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で語っていました。

「「二月十六日って、西行の命日でしょう」

と女友達がいったのです。

「とにかくそのへんですよ」

とぼくはアヤフヤなことをいった。

「願わくば花の下にてわれ死なんそのきさらぎの望月のころ」

という和歌をよんだ旅と放浪の歌人西行が、その望みどおりに、きさらぎ(つまり二月)のもちづき(つまり満月)のころ死んだ、というのは有名な話だからである。

「死にたいと思っていたとおりの死に方をするなんて、えらいわねえ。旧暦の二月十六日なら、今でいえば、三月十六日、まあそのへんでしょう。桜の花は咲いているわね。」」

p.242 西行の話からオマジナイの話になりました。

和田誠 丸谷才一さんとの仕事の上での出会いは1970年、『女性対男性』文藝春秋 で装丁と挿絵を担当した時で、翌年が『大きなお世話』朝日新聞社。次が『夕刊フジ』の連載エッセイ「男のポケット」の挿絵になる。丸谷さんのご指名だった。前の二冊で合格点をいただいたのだろう。

夕刊フジ』の連載は百回にわたって毎日続く企画。ぼくは新聞連載小説の挿絵を描いたことがない。百回もデイリーで描いたのは「男のポケット」と、やはり『夕刊フジ』の丸谷さんの連載「軽いつづら」1992-93 だけである。

「男のポケット」の頃から丸谷さんの著作の装丁や連載エッセイの挿絵など、ほとんど全部ご指名を受けるようになった。『楽しみと冒険』など、丸谷さん企画のシリーズものの装丁も。」

和田誠『Black & White in Wadaland 和田誠モノクローム作品集』愛育社 2010.8 p.638

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読書メーター 丸谷才一の本棚(刊行年順)

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